
高品質の目覚まし時計だった。彼女は寝ずに、午前3時きっちり起こしてくれた。約束の2000バーツを手渡すとキスをして別れた。
チコとタクシーで空港へと向かった。降りしきる雨はチコと小生の涙のようだった。あの後、チコもレインボー4に行ってガイちゃんとお別れの挨拶をしたようだ。そしてその時にショートのペイバーから戻ってきたエビちゃん巻きの娘がチコを見つけると、小生はどうしたと問い詰めていたようだ。
「奴は君がいなかったから、違う娘をペイバーした」と告げると、私を彼の部屋まで連れて行けと物凄い剣幕で地団駄踏んでいたようだ。嫉妬深いんだね。最後に会えなく本当に残念だったよ。
糸を引くような細かい雨が降り続ける中、ボーイング社製のジャンボジェット機が我々を乗せて、まだ夜が明けきらない内に飛び去っていった。
フォロー ミー
約30年程前に首都圏郊外の小さな町で産声をあげた。今でこそ、高層マンションや大型商業施設等が揃う、それなりの街になったが、小生が生まれた時は本当に小さな田舎町だった。
そこで小生は育ち、義務教育を終えた後も高校も大学も実家から通っていた。今も会社勤めしている身だが、実家から通勤している。途中同棲等も経験し、違う街にも住んだことはあるのだが、実際には小生に田舎というものがなかったのだ。
両親の祖父母も未だ健在である。故にお盆の時期にお墓参りをした経験もないのだ。ならば、一年に一度、お盆という時期に訪泰するというのは、第二の故郷に帰ると言っても言いすぎではないのだろうか。そういう想いを込めて、今回の日記には「帰郷」というサブタイトルをつけさせてもらった。きっとまた来年のお盆もタイに来るであろう。
また、旅の日記を書いて投稿するということに飽和していた小生であったが、「第1029回」の深夜「準」特急さんの日記や「第1033回」武田武さんの日記であったり「第1079回」のasian-―hunterさんの日記に小生の名前や「いきり立ったが吉日」が登場しているのには驚いた。
顕在層でこれだけいるのだから、潜在層ではもっともっといるのではないだろうか。読んでくれている人がいるから書く。
先達たちに感化されてバンコクへ旅立ち、『いきり立つ』を執筆して、それを読んだ顔なき読者たちが自ら動いて、バンコクへ旅立つことで、我々も、また、バンコクへ赴き、いきり立つ…これスパイラル。今年も旅から随分と時間が経ってしまったが、こうして書き上げられたことは、まだ見ぬフォロワー達のおかげだと思っている。
こうしている間にも、「今夜すべてのゴーゴーバー」でチョークディー カップ。(乾杯)
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