読者の海外風俗体験記

第439回  ニ都物語 プラハ、ブタベスト by 遅れて来た007


相変わらず小便くさいピカデリーサーカスの駅、忘れかけた過去の亡霊のようなMか らの久々の指令は、「赤いチャイナドレスの女とコンタクトせよ。コードネームは、 スージー。」

毎週近所のポストオフィスで受け取るわずかな年金暮らしの007が、その指令を受 け取った時に感じた不安は、強い香港訛りのド派手な中年スージーに従い、チャイナ タウンの片隅のジャパニーズ丼物屋に案内された時、確信に変わった。

Mのユニットには予算が付かないのだ。しかも耄碌したMは時代の変化を全く理解して いない、いや老人痴呆症の幻想世界に住んでいる。着古したダサい縦縞の、肩が詰 まった伝統的英国風スーツを纏い、華やかだった昔話を交えたMの要領を得ない指示 を手短に言えば、

「プラハとブダペストに潜入せよ。今回のカヴァーは日本パスポートだ。」

老人特有のクドクドしい話の中で、潜入の目的が一向にハッキリしない。が、気難し い老人の機嫌を損ねるのを避けるため、007は尋ねない事にした。ただ、鍵は女に 有ると言う事だけは判った。毎度のことである。

ビーフライスボウルとすき焼きの違いを、いっぱしの日本通を気取ってコメントする Mだが、勘定を店員に促す「マイターン」の一言でボロがでる。007は、アホらし くてそれが広東語であると指摘するのを止めた。スージーなる女の素性も薄々判る し。

渡されたBA格安チケットの降機地はベルリンだった。今や、プラハにもブダペストに も観光客を乗せた定期便が毎日飛ぶ時代に。空港でエージェントから車を受け取る。 つまりレンタカーだ。カールマルクス通りからローザルクセンブルグ広場の方へ、な るほど時代錯誤のMを興奮させるには十分な響きだと007は思った。旧東ベルリン の一画、ホテルの看板が目に飛び込む、フランス系の低価格ホテルチェーンだ。 「待ち合わせは、ブランデンブルグ門の壁の前」だって!007は愕然とした。壁 だって!ウンテルデンリンデンを通る乗合バスは、アッというまに壁のとりはらわれ た門をくぐり、旧西ベルリン側を疾走する。

007は慌てて降車ボタンを押した。 ライトアップされたブランデンブルグ門を望みながらウンテルデンリンデンのカフェ でカプチーノをすする007のなかで、Mの妄想に乗せられた事への後悔の念がひろ がる。もう時代は変わってしまったのだ。ウンテルデンリンデンに交差するフリード リッヒ通りには西側の有名ブランドショップが並び、チェックポイントチャーリーが 金儲けの観光名所として再現される。ここに座っていても、KGBもCIAも現れない。

ゴツゴツと路面の継ぎ目が伝わる。プラハに向けて古いアウトバーンを走る007 は、軽く舌打ちした。渋滞だ。ドイツ中あちこちで舗装の改修工事がある。ロンドン に戻ってMに問い質すかとも考えたが、格安チケットでは予約の変更がきかない。ジ ワジワとしか進まない車の列の中で、先程から007をブロックするような動きをす る不審なBMWの運転者を観察する。

ババアだ、運転が下手な割に意地だけが張ったや つだ。敵側ではない。それにしても、Mの妄想に付き合っただけだとしたら、007 の目的は何なのだろうか。決して明示されない目的の不安。プラハに向かう007は カフカ的情況に嵌まりつつあった。

ドレスデンから道は二車線の狭い国道になり、山がちの風景となる。昼飯を掻きこん だガストホフの主人は妙に友好的だった。チップを期待するどころか、端数をまけて くれた。影のサポート部隊か。車のスピードが落ちる。国境だ。パスポートに版を押 すだけで通り過ぎる。怪しまれてはいない。チェッコに入って道路使用料領収シール を買い、峠を下りかけると、突然前を走るスコダが減速した!007の意識が緊張す る。バックミラーに車の影はない。罠ではなさそうだと、辺りを窺がう007の目 に、それとわかる女の姿が映った。

峠の道路沿いに、明らかに場違いな衣装の女が立 ち並ぶ。カーブの先、茶店風の建物横の空き地には10人ほどが溜まっている。旧東欧 各地の工作員の混成部隊のようだ。若手も結構いる。中には、ドイツへの潜入を図る やつもいるのだろう。道路状況の良くは無いチェッコでプラハを目指す007に、こ こらあたりの工作員にかかずらわっている時間はない。交渉の為か、更に減速したス コダを追い越し、道を急ぐ。最初の村に入ると、国道沿いの古い建物の雰囲気が怪し い。通りすがりに奥を一瞥すると下着姿の工作員がてぐすねをひいて待っている。

プラハには、午後の遅い時間に着いた。旧市街の中、社会主義時代にはそれなりの格 式であったと見えるホテルにチェックインする。内装はアメリカンな造りに改装され ている。値段も西側並みだが。007は、荷物を上げてきたボーイから情報を取る。 どうやらクラブが街のあちこちに点在するようであるが、後でロビーに下りた時、詳 しい仲間に訊くという。彼もチップを取らなかった。協力者か。

ロビーに下りると、さっきのボーイが別のボーイを呼び寄せる。“E*****”と言って 市街図のはじに印を着ける。タクシー代ぐらいをくれれば送って行ってもいいと言う 申し出を制し、007は表に出た。まだ陽は暮れない、その前に食事だ。旧市街の広 場まで歩き、距離感をつかむ。人々の顔は、ドイツとは明らかに違う、昔懐かしいKGB のそれだ。

007が観光客で賑わう広場を抜けようとした時、舞台衣装を纏った女が声をかけて 来た。今夜のオペラのチケットを買えという。値段は学生料金でいいのだとも言う。 客引きらしいが、何かのコンタクトかも知れない。女は素人臭いが、不思議にソソル ものもある。US13$ほどのチケット代を払う007に、女は場所と時間を確認した。 場所は、河の向こう、カフカの城が黒い影を落とす地区、開演までに丁度簡単な食事 をする間がある。

煙草屋を探しながら橋を目指して歩く007が古い町並みの狭い路地で迷いかけた 時、「橋はあっちだ」と指示する声。さっきの女だ、つけられたのか!いや、たまた ま広場でのチケット売りをやめて学生仲間とひきあげるところのようであった。 音楽学校の中庭で演じられるオペラは最悪だった。学生の発表会に金を取られて付き 合わされたのだ。これは何かの陰謀だ。おまけに雨までパラパラ落ちだす。007は 70人もいながらロッシーニクレッシェンドがまるでできないオーケストラの“セヴィ リアの理髪師”を中座し、雨にひかるプラハの石畳をタクシー乗り場に急いだ。 辺りに人影は無い。

白いベンツに素早く身を滑り込ませ、店の名だけを告げる007 に、振り向いた運転手は「E*****は高級店だ。高い、俺はその半額で済む店を知って いる。」ロシアの若い工作員で20歳以下だと薦める。「その店は、途中にあるから覗 いてみたらどうだ。気にいらなければ、E*****へ行けばいい」とも。さっきの音楽学 校の学生もそうだが、プラハの客引きは押し付けがましくないところが上手い。00 7が承諾すると携帯電話で連絡を取り始める。が、少し電話で話した後、「E*****へ 行こう、今日はボスがいない。俺の携帯の番号を書いておくから今度電話してく れ。」と運転手は素っ気なく告げる。キックバックが保証されないからだろう。

タクシーは雨に濡れる住宅街を抜け、鉄道の線路を超えたところにある暗い高架下の 工場脇に停まる。カフカの城の下からは、US$10ほどの距離だ。運転手の促す先に、 一軒だけ明かりの点いた建物。黒服がタクシーのドアを開け、007を招き入れる。 二人の工作員が現れ、一人がクイズ番組の回答者用ボードのようなものを胸の前に掲 げる。工作員のどっちもレベルは高い。CzK1000とCzK3500の文字。黒服がボードを指 しながら説明する。入場料がCzK1000(US$28ほど)、工作員と部屋に上がるには別に CzK3500、60分だ。但し30分でトータルCzK3500ポッキリのショートもある。見事な明 朗会計だ。

入って左側の8畳ほどのフロア、壁に寄せて二つ置かれたソファーに通され飲み物の オーダーとなる。勿論シャンペンなどは注文しない。入り際、素早く観察した右手の 部屋には、工作員が10名以上いた。ややヴェテランの工作員が一人フロアで踊りだす が、007をド素人では無いと見抜いたらしい黒服は一気に7,8人の工作員をフロア に繰り出す。007を幻惑する作戦か。半分以上は合格だが、しかし鋭い007の目 は2名のA級工作員を識別していた。

踊りの輪の前方、目立つ位置にはやや開放的なナ イスボディー1名、輪の奥に隠れるように旧社会主義国体操選手団風金髪1名。1曲も 終わらぬうちに、工作班長(ママ)が側に来て「どの工作員にするか」と訊ねる。0 07は僅かに迷ったが、工作員の輪の中で、目立たないように踊るほうのA級工作員 を指示した。一瞬、工作班長は怯んだ様子を見せるが、直ぐに「CzK4000のジャグ ジー付きの部屋を使え」と反撃してくる。007は班長の顔を立てることにした。 班長の怯みには、二つの可能性がある。ひとつは、今日あたりなじみの上客が顔を出 しそうだ。もうひとつは、デビューしたてで班長の評価も定まらないうちに母国語が まるで使えない任務に出す不安。

A級工作員のコードネームはL****、ロシア語とドイツ語の訓練は受けていたが、英語 は未だだった。マァ、007にとってそんなことはどうでも良い、服を脱げば少女体 形から娘体形に移行したての、無駄が無く均整のとれた身体、一見きゃしゃな雰囲気 の中で形の良い胸元。やはりA級である。 風呂を使っても一緒に浴槽に入るわけでもなく、規定どおりのゴム尺から正常位の流 れである。しかし007は満足であった。久々に、顔だけでイケる工作員に出くわし たからだ。

朝、アップダウンの続くチェッコの高速をひた走る007の心に、Mの妄想に乗せら れた今回の不透明な任務を楽しむ気持ちが生まれかけていた。脳裏には昨夜の工作員 の顔。総額で言えば西側の大衆店並みだが、それで高級工作員と出会える点が特徴か と総括する。スロヴァキアの通過にはヴィザが必要だとの情報を今朝確認した007 は、一旦高速を降り、ウィーン経由でプダペストのルートをとる。 ウィーンからは、ドナウ河平野部の平坦な高速道路だ。実った麦畑が広がる。小一時 間でハンガリー国境、緊張感は全くない。国境を過ぎると、更に道路は良くなる。

ブダペストの街に着いたのは、陽が傾きかける頃。喋りまくる路上の人民、鈍い金色 から黒褐色までの髪の色、スラブ人よりも肉感的な体形、熱を含む夏の太陽が斜めに 街を射る風景は、まるでイタリアの地方都市だ。007は、ローマ時代のドナウ防衛 軍団駐屯地からの伝統というべき、天然温泉大浴場に向かった。閉まっている、入浴 は朝の6時から午後の6時まで。浴場の上、一昔前の高級ホテルのテラスで食事を 摂った007は、尾行の無いことを確認し、路面電車で旧市街の中心部へと移動す る。フルコースの食事がHft4500(US$17ほど)、生バンドの音にはジプシーの色が 混じる。

老舗と言っても良いイタリア風の名前“D****”、旧市街のあちこちに目印がある。 繁華街のはずれ、明かりが少なくなる辺りだ。黒服とゴリラに店のシカケを訊ねる0 07に、たちの悪い客引き風の黒服は「入場料はHft1000(US$4)だ」と答える。いや に安い。すかさず総額を訊く007に、黒服は店に入って女に聞けとしか言わない。 身体はごついが根は純朴そうなゴリラに総額攻撃を振ると、一瞬たじろぎ、黒服に “こいつは上客じゃないぜ”といった感じの言葉をかける。

何しろモメゴトになれば ゴリラが処理しなければならない。奴は何か秘密を知っている。だが手前の実力を知 らない黒服は、007を客にしようとする。007は薄々の事を察知したが、同時に さっきの食事代から考えて、罠であってもたかがしれていると踏んだ。黒服に金を払 い奥に入りかける007を、ゴリラは“本当に入るの?”という目で追う。

暗く狭くるしい店内はGOGOバーとソファー席。ソファーに腰をおろしたとたん、二人 の工作員が007を挟む形で座る。ババァとブスだ、しかも性質の悪いことに身の程 を知らないタイプの。オキマリのカクテル奢れ攻撃に、007は「なんぼやねん」と 軽くいなす。金髪ババァが「ここに書いてある」と示すメニューには、やたらと小さ い文字で値段が並ぶ。007は「Hft5000(US$20)ぐらいの好きなんにせえゃ」と返 事する。が、根性の卑しそうなボーイは安っぽいカクテルとブランデーを二つずつ テーブルに並べるではないか。「ちょっとまてぇ、これはなんなんや?」と突っ込む 007に、しょうもないボーイのガキは「ミニマムで女の子ひとりHft16000(US$60 ほど)もらうことになってます」とぬかす。

「もうええ帰る」と立ちかかる007に 「Hft32000です」と臆面もなくほざくボーイ。「アホぬかせ、Hft5000ぐらいやった ら奢ったるゆうたんやで。おまえも知ってるやろ」と金髪ババァに振っても「ウチそ んなん知らん」と横むきよる。「まあええわ、Hft10000置いてったる。二人分や」と いう007に、ボーイはHft32000を譲らない。「ママさん呼べや」という007の言 葉にすっこんだボーイのガキは「半額でHft16000にしときます」と戻って来よる。 「なんやて、ほんならHft10000でもいっしょやないか」と再び突っ込む007に「そ やないと帰ってもらえしまへん」、なんや今度は脅しか。

ここらが潮時かと考えた0 07は、「ドイツマルクで100ある。なんぼで計算するんや?(銀行ならHft13000ぐ らい)」と札を出す。と、金髪ババァが「お兄さんカード持ってんねやろ、カードの ほうが得やで」とふざけた合いの手をいれる。こんなええ加減な店で007のゴール ドカードが出せるわけがないやないか。ホンマにどこまでスカタンなババァやろ。 ボーイは釣りをHft6000ばかり、端数の小銭をまじえて持ってきた。強欲な両替屋の 変な律儀さ。そう言えば、黒服もボーイも何かあれば一番に収容所送りになる連中 だ。

おそまつなボッタクリ店“D****”を出る007に、さっきのゴリラが「もっといい とこがある。タクシーに乗ればつれてってくれる」と小声で囁く。しかし何かこの街 はおかしいと感じる007は、もう少し中心部をさぐるほうを選んだ。 繁華街の中心のGOGOバー、呼び込みは多少品がある。だがここも、ビール一杯だけで もというばかりで、総額は答えない。店の中はガランとして寒いかぎり。呼び込みに 鎖した釘が効いて、工作員は寄ってこない。工作員の数は少ないが若い。しかし何か がおかしい、この場所でこの造りで工作員が2,3人しかいない。通りに出ると、スト リート工作員らしい影が数人、しかしいずれもB級だ。同じだ、少なすぎる。

007は朝風呂にでかけた。入浴料はHft1000(US4$)程度、一階ホールの左と右にそ れぞれ男湯と女湯の入り口。小さな前垂れのついた簡易フンドシともいうべきものを 渡される。風呂は大きい、15メートルプール程の浴槽が二つ、36℃と38℃の設定で奥 の彫刻像から温泉が湧き出す。更にその奥には、90℃はあるスチームバスと水風呂、 垢すり部屋も。コンセプトは見事にローマ風呂である。入浴客のほとんどは高齢者 で、老人健康クラブの感も禁じえないが。と、いやに尊大な身振りの東洋人の一団が 現れる!007は赤い中国の代表部だと見抜いた。だが007の目には、彼等の存在 と工作員の不在に直接の関わりが有るとは見えなかった。

その不思議なメッセージは、浴場の出口にあった。“ワットポー、タイマッサー ジ”、マジャール語の張り紙の中に唐突に出現する熱帯アジアの相貌は場違いだ。0 07の脳裏に2年前の東南アジアツアーの記憶が生々しくフラッシュバックする。引 退生活をマレーシアのキャメロンハイランドで楽しむ昔のMI6仲間は、シンガポー ル、クアラルンプール、ペナン、ハジャイ、プーケットと007を連れ廻り、最後に バンコックで別れた。007は踵を返し、風呂上りの上気した顔でエントランスホー ル二階の区画へ足を速める。

未だ開店時間ではない扉の内側に、人の気配がある。0 07のノックに扉を開けたのは、歳は30ぐらい、本格トラディッショナルにはやや線 が細いし、さりとてスペシャルと誘われてもちょっとという感じの、しかしタイ人 だ。“ここにまでも”と、007は心の中で唸った。時間は90分、Hft7500 (US28$)、本格マッサージ、スタッフは3人で、予約とかはボスがもうすぐ来るから と言う。夕刻に出直すつもりの007は、机の上に置かれたボスのスケジュール管理 用ノートにコードネームを残すことにした。

午後6時、007に幾つかの発見があった。ボスと呼ばれているのは、ハンガリー人 の女で、本当のボスのダミーだろう。今朝007と話をした女は、予想されるとおり イサーンの出、パタヤで仕事をしていたという。ワットポーを謳うにはおそまつな、 パタヤの海岸レヴェルのマッサージだ。収穫はあった。隣で、ドイツ女にマッサージ をしていた歳の頃なら26,7、スペシャルサーヴィスにも付き合えそうなちょっと色 気のある姐さんは、タイレストランの情報をくれる。「ボスはヴェトナムコネクショ ンで、ヴェトナムレストランを装っているが、実はタイ料理だ。昔働いたことがあ り、今でも手伝いに行ったりする。」

教えられた店は住宅街の中にあった。普通の人民が住むアパートの半地下、その前ま で行って初めて“M***”の看板が目に入る。店内にはドイツ語で会話する先客が一組 だけ。タイドレスの二人の女のうち、10代後半と見える若い娘が007を奥の席に案 内する。メニューを開くと、やや大きめの文字でヴェトナム語、その下にタイ語、ド イツ語、英語、マジャール語の記載。007は生春巻きが食べたかった。当然ある。 ヴェトナムの看板でタイ料理で、店の名が“M***”、更にメニューを追う007の意 識に暗号の謎が閃いた。ラオ・イサーン!果たして、ヤムヌア(牛肉サラダ)にしよ うかなと呟く007に、「ミー ラープ ハー」(ミンチ肉スパイスあえ=ラオ料理 有ります)と、娘が勧める。

レストランの実態はほぼ掴めた。だがそれ以上に007 の注意を惹くのは、この娘の素性だ。可愛いと表現すべき顔立ち、物腰と喋りは生粋 のバンコック育ちの、それもシロウトの女の子ではないか。何故ブダペストで働いて いるのかを尋ねる007に、「クルンテープ(バンコック)では、いい仕事が無く て、それでボス(口入屋のこと)のコネクションで来ました。」きっとブダペストが 何処にあってどういう処なのか未だに良く判ってないんだろう、と007は感じた。 良い娘だが、まだ悪いお姐さんに小遣い稼ぎの仕方を教えられているようには見えな かった。さっきのマッサージ姐さんも今日は店に来ないようだ。

再び街の中心部を歩く007、週末の夜だというのにストリート工作員らしき影がち らほらするだけ、しかもB級ばかりだ。もう一軒GOGOバーを見つけるが、“D****”と 同じパターンが見えている。ハッキリ言って手詰まりだ。夕方マッサージに出る前 に、数軒電話で探りを入れたエスコートは、どこも総額を言わない。「お話するだけ でUS$150~200、それから先は女の子と交渉してくれ」とはふざけた話だ。ホテルの ボーイも何者かに口止めされたように要領を得ない。この不可思議なブダペストの情 況は何故だ、残された時間は少ない、007に焦りの色が見えかける。

折から巡回中の警官隊、5,6人の集団に緊張感はなく、お決まりの見回りモード。0 07は善良なツーリストを装って隊長格の警官に接触する。訳知り顔の隊長は、「ブ ダペストに女は一杯いるじゃないか。GOGOバーは高くつくだろうな。街の女は、 Hft10000ぐらいじゃないか。通りにいる連中は大体警察がコントロールしてる。数が 少ない?今日はそうかも知れんな。」

エスプレッソ一杯に、この街の標準的な店なら食事ができる程の値段を取る高額カ フェに座り、007は考えた。世界は大きく変わっている。Mは過去の幻想に浸り込 んでいる単なるボケ老人だ、目を覚ますには手遅れだし、そっとしておいてやるのが ベストかも知れない。ロンドン・・・、あの小便臭い街、曇った空、もったいぶって はいるがその実、ワインも料理もまるで味が判らない人々、車一台まともに作れない 工業レヴェル、・・・先月久しぶりに届いたマレーシアからの手紙には、今度はカン ボジアに行こうとか、中国雲南省がどうしたとか・・・

ホテルに向かう007に、妙に丁寧な日本語で声をかけてくる客引きがいる。ボッタ クリモードの街で、これは最悪のパターンだ。「ワタシのご紹介する店では、入場料 Hft2000(US$8)かかります、でも、あとは女にHft10000、日本円で4000円、だけ。 そのほかは、どうぞ、はらわないでください。よその店では、もっとお金取るだけ、 でも女、ホテル行かない、そんな店ばかりで、ワタシの話信じてもらえない、それす ごく悲しいことです。もし、ワタシ言うことちがったら、ワタシにどうぞもんく、 言って下さい。」そんな言葉を聞きながら歩く007に、横から別の客引きが英語で 話し掛ける。

古代ローマ風の名前を名のる日本語客引きは「どうぞその人と話さない で、わからないしてください。あの人は、嘘いいます。」ここで日本語は有利だ。客 引きの中で他に日本語を解するヤツはまずいない。とは言え、どうせ似たようなパ ターンだとしても、007は最後にもう一度だけ、客引きの彼の下品ではない日本語 を話そうとする努力に付き合うことにした。案内されたのは、河に寄った少し暗い横 道の店。番人がいるが、屈強なゴリラではない。Hft2000の半分が客引きの取り分 か。店の中はしかし、女は4人でガランとしている。

暫らく観察する007。店を覗 いて女がいないと立ち去る客が数人、そのうち常連らしい太ったオヤジが入ってくる と、ソファーに座り顔見知りらしい女の一人、4人の中では若造りで金髪、に酒を 奢って話し出す。オヤジはアメリカンだ。石油屋か何か、山師のような景気のいい話 を勝手に喋りまくっている。4人の女はいずれも20代後半か、その内の一人はカウン ターに入って飲み物を出しながら他の3人にあれこれ指図する。黒髪のショートカッ ト、やや大柄でムチムチっとした体形、チーママらしい。

007は、ブダペストの異常を解く鍵がこの女に或ると直感した。声をかけると、 「飲み物Hft5000(US$20)で席に座る」という。他の3人の鈍臭さに少しイラついてい るように見えた女は、一気に喋りだした。「今日はボスが女の子をみんな別の店に連 れてったから、ここはやってられないわよ。普段は12,3人女の子がいて、これは外 に行く連中よ。今ここにいるのは出られない子だけ。別の店って言うのは少し離れた 地区にあるの。でもタクシーならすぐよ。行ってみる、ソルジャーズパラダイス。週 末はねえ、兵隊が来るの。だから街の中に女の子はいない。アメリカとカナダの兵隊 よ。」

一瞬007は耳を疑った。アメリカとカナダ?国をまるごと売りに出す勢いで市場経 済路線を進むハンガリーとは言え、軍事的には旧ワルシャワ機構だ。 「兵隊は戦争してるの。何処でかって?良く知らないけど・・・」

ガーン、007の中で疑問は一気に解けた。コソボ、ボスニア、国連平和維持軍とは 言いながら、実体はアメリカの戦争だ。兵站的に良く理解できる。実戦部隊の休暇地 としてここは最適だ。あまり前線に近いところでは、敵側のサボタージュの危険もあ るし、休暇の兵隊が問題を起こせば住民感情をマイナス方向に押しやる。

輸送機で 1~2時間の距離、兵隊にも明確な場所を示さず、街からやや離れた軍用滑走路の周 りに突然出現する歓楽街、しかもそういったサーヴィスが伝統的に存在する土地、ブ ダペストはぴったりあてはまる。ローマ時代から軍団駐屯地だ。とすれば、さっきの アメリカンなオヤジはCIAのレポかもしれない。勝手にひとしきり喋りまくると、金 を置いて出て行った。店の親米度とサボタージュの有無、ついでに指定地域外にコン タクトする規律違反兵のチェックがヤツの任務か。 それにしても、こいつはヴェトナム戦争時代のタイと同じ構造じゃないか!

「だから週末は駄目なのよ。来週はハンガリーグランプリだから、兵隊は来ないかも ね。どう、行ってみる、ソルジャーズパラダイス?」 007は現役の兵隊と張り合う気はなかった。向こうは、危険が少なくなったとは言 え、明日死ぬ可能性も充分ある。意気込みが違うだろうし、何より金離れがいいはず だ。

「行かないのなら、もう一杯私に奢ってくれる?えっ、一杯でどれくらいの時間相手 するかって?10分から15分ね。」 ブダペストで初めて明解な答えに出会った。

「女の子を連れ出して?そうね、結局トータルHft30000(US$115)ぐらいじゃない。 連れ出し料がHft10000で、女の子にやっぱそれぐらいはやらないと、で店のドリンク とかあるから。」 これは説得力のある数字だ。歳を経たそれなりの、若さとは異質な魅力を持つのは、 やはり地中海的か。

007は、チーママの名前を確認すると店を出た。その後、杳として007の足取り は掴めない。ロンドンに戻らなかったのは確かだ。Mは能率の悪いBAの係官の応対に 苛立ちながら、それでも格安チケットの半券は使用されていない事を突き止めた。噂 のなかには、スクムヴィットを歩く姿があったとも、いわれるが。

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